2017年7月の本

27歳になってしまいました。今月の本です。
今月は意識的に読む時間を確保したのもあって、割りと読めたかなあ。

  • 『語る藤田省三――現代の古典をよむということ』

語る藤田省三――現代の古典をよむということ (岩波現代文庫)

語る藤田省三――現代の古典をよむということ (岩波現代文庫)

精髄を見出す語りには惹かれるものがあり、これがきっかけで尾崎翠を読みたくなった。
最初のパートでは、古典を読むとはどういうことかが語られており、人文系の学部生が読むといい感じになると思う。

  • 野村 剛史『日本語スタンダードの歴史――ミヤコ言葉から言文一致まで』

  • 中村 春作『思想史のなかの日本語』

思想史のなかの日本語

思想史のなかの日本語

上記三冊は論文やイベントの準備用に購入。 イ・ヨンスクさんは西周にはかなり厳しい立場。
これで近代の「国語」関連はある程度知識や議論状況をインストールできた。

  • 藤本 夕衣ら編『反「大学改革」論:若手からの問題提起』

反「大学改革」論:若手からの問題提起

反「大学改革」論:若手からの問題提起

  • 作者: 藤本夕衣,古川雄嗣,渡邉浩一,井上義和,児島功和,坂本尚志,佐藤真一郎,杉本舞,高野秀晴,二宮祐,藤田尚志,堀川宏,宮野公樹
  • 出版社/メーカー: ナカニシヤ出版
  • 発売日: 2017/06/23
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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連続討議 文系学部解体―大学の未来@横浜国立大学

連続討議 文系学部解体―大学の未来@横浜国立大学

  • 一橋大学学生支援センター編『人文・社会科学系大学院生のキャリアを切り拓く: <研究と就職>をつなぐ実践』

人文・社会科学系大学院生のキャリアを切り拓く: <研究と就職>をつなぐ実践

人文・社会科学系大学院生のキャリアを切り拓く: <研究と就職>をつなぐ実践

上記三冊は、自分の書き物と地域活性学会用に。
『反「大学改革」論』は現場からの反逆という感じで、巻頭論文のPDCA論や内外事項区分論はとくに面白く読んだ。
『連続討議 文系学部解体』は名古屋大学日比嘉高さんと元横浜国事務局長の竹下典行さんの討議を読むだけでも買う価値はあるかな。
一橋大学学生支援センターのものは、人文・社会科学系に絞ってデータをまとめてくれているので、大変役に立った。

  • 瀬戸 賢一『時間の言語学: メタファーから読みとく』

出張の際手持ち無沙汰になったので買ったが、おもしろかったです。語り口は具体的で柔らかいので、ひろくおすすめできます。

  • ダン・ザハヴィ『自己意識と他性: 現象学的探究』

自己意識と他性: 現象学的探究 (叢書・ウニベルシタス)

自己意識と他性: 現象学的探究 (叢書・ウニベルシタス)

むかしちょっと原書は読んだことがあるかなというくらいだったので、これを機に読んでもいいかなと。

ハイデガー『存在と時間』を読む (叢書・ウニベルシタス)

ハイデガー『存在と時間』を読む (叢書・ウニベルシタス)

4,000円と人にガンガン薦められる値段ではないけれど、『存在と時間』をきっちり読みたいという人にはいい本だろうと思う。
ハイデガーの概説書はたくさんあるが、私の中では結構上位に浮上という感じ。

  • マーティン・ヘグルンド『ラディカル無神論: デリダと生の時間』

ラディカル無神論: デリダと生の時間 (叢書・ウニベルシタス)

ラディカル無神論: デリダと生の時間 (叢書・ウニベルシタス)

これはまだしっかり未読できていない。。時間をとってきっちり応答したい本。

  • 大久保 健晴『近代日本の政治構想とオランダ』

近代日本の政治構想とオランダ

近代日本の政治構想とオランダ

西周関連では基本文献と言ってもいいが、ようやく買えた。

徳川慶喜―将軍家の明治維新 (中公新書)

徳川慶喜―将軍家の明治維新 (中公新書)

安定の中公新書。ちょっと古いが、はじめの一冊として。

Kindleセールにて購入。学校の国語で扱われる詩の時間が苦痛だった人のために。
ぼくも苦痛だったけれど、筆者とは別の意味でのものだったらので、そこまで共感はできなかったが、ここで紹介されて読みたくなった詩人もおり、収穫はあった。

Kindleの半額セールにつられて。
注のリンクなどがなく、原文が相当量あってから語釈や訳が載っているので、Kindleだと読みづらいのがやや残念。
同じ構成ながら、『万葉集』は原文と注釈がさほど離れていないため、まだ読むやすい。

  • 國分 功一郎『中動態の世界』

沈黙の詩法―メルロ=ポンティと表現の哲学

沈黙の詩法―メルロ=ポンティと表現の哲学

  • 納富 信留『哲学の誕生』

  • プラトン『アルキビアデス クレイトポン』三嶋 輝夫訳

  • アントワーヌ・コンパニョンほか『プルーストと過ごす夏』

プルーストと過ごす夏

プルーストと過ごす夏

基本から学ぶラテン語

基本から学ぶラテン語

以上6冊は、なんと誕生日のプレゼントでいただきました。
送っていただいた方、誠にありがとうございます。まだすべて読めておりませんが、ゆっくり大切に読ませていただきます。

2017年6月の本

今月の本です。ちょっと仕事山積みなのでコメントは適当です。

  • 内閣府経済社会総合研究所『地方創生と大学』

地方創生と大学

地方創生と大学

ところどころで挿入されるケーススタディはまあまあ面白かったが、本論は大した内容もなし。

  • 片山 善博、糸賀 雅児『地方自治と図書館』

慶應政治学図書館情報学の教員のタッグ。「知の拠点づくり」という発想には諸手を挙げて賛成だが、地方自治体や地方大学の図書館費なんかはかなり悲惨なことになってるので、その辺りにもっと切り込んでいってほしい。あと、CCC(ツタヤ図書館)とかどう思うのかなと。

  • ビル・レディングズ『廃墟のなかの大学』

廃墟のなかの大学 (叢書・ウニベルシタス)

廃墟のなかの大学 (叢書・ウニベルシタス)

大学論ではそろそろ古典になりつつあるのかもしれない。

  • 長島 要一『森鴎外―文化の翻訳者』

森鴎外―文化の翻訳者 (岩波新書 新赤版 (976))

森鴎外―文化の翻訳者 (岩波新書 新赤版 (976))

7月になるイベント準備用に読んだ。

  • 沖森 卓也『日本語全史』

日本語全史 (ちくま新書)

日本語全史 (ちくま新書)

7月になるイベント準備用。幕末から明治にかけての箇所を読んだ。

  • 柳父 章『近代日本語の思想: 翻訳文体成立事情』

これもイベント準備用。

  • 斎藤 信治『哲学初歩』

本書はおそらく、西周による希哲学→哲学の訳語変更に最も批判的な立場を鮮明に出したもの。
その記述をしっかり読みたいがために買ったが、他の箇所も案外(失礼)面白かった。

  • POSSE』2017/06 vol.35

POSSE vol.35

POSSE vol.35

いただきもの。ありがとうございます。

  • 李 珍景『不穏なるものたちの存在論

これは冒頭しかまだ読めていない。楽しみ。

哲学 第68号

哲学 第68号

買ったけど、すぐPDFが公開されて発狂。

ヘーゲルと現代思想

ヘーゲルと現代思想

川瀬さんの論考をお目当てで購入。フランス現代思想のパートでは、ラカンからジジェクを集中して扱っているのもこれまでの類書と被りがなくて良い。

  • 平田 オリザ『下り坂をそろそろと下る』

平田さんは『演劇入門』以来だろうか。ざっと読む。
結構言いたいこともあるが、まあ機会があれば。たつるんと同じ箱にポイって入れた。

丸山眞男を読む (岩波現代文庫)

丸山眞男を読む (岩波現代文庫)

一緒に読書会をやっている緑雨さんから教えてもらいました。良書ですね。
吉本もちゃんと読みたくなります。

 

  • 卞 崇道『日本近代思想のアジア的意義』

中国ではじめて本格的な日本思想の専攻を立ち上げた碩学によるもの。

  • 飯間 浩明『伝わる文章の書き方教室』

下宿民用に。長門さんから教えていただいた。これはおすすめですね。文章に不安のある大学生は独習教材として、高校生には授業の教材に使えます。


他にも月末にごそっと買ったのですが、まだ読めてないので来月に持ち越しで。

2017年5月の本

 以前同僚が運営しているウェブメディアに寄稿したことがきっかけで、いくつかお仕事をいただく機会があり、その準備もあってGWは改めて大学論(若手ワープア問題・人文学論)関連の書籍をまとめて読んだ。

高学歴ワーキングプア  「フリーター生産工場」としての大学院 (光文社新書)

高学歴ワーキングプア 「フリーター生産工場」としての大学院 (光文社新書)

大学院重点化計画とそれに伴う若手研究者の悲惨な状況を記した書。本書の刊行は2007年なので、この分野では先駆的なものではないか。大学院や研究職のシステムに疎遠な人にも分かるようにという配慮のあらわれでもあるが、やや記述が冗長に感じられた。
また、分野ごとの分析はあまりなく、提言の部分もほぼ立命館大のサトウ教授の発言を引用するに留まっており、まとまったものは乏しいし、最終的には「利他の精神」を提示するなど、解決策の提示としては現実的とは言い難いように思えた。

  • 西山 雄二編『哲学と大学』

哲学と大学 (UTCP叢書 3)

哲学と大学 (UTCP叢書 3)

こちらは2009年刊。計5回のシンポジウムやワークショップの成果となっている。
カント『諸学部の争い』やフンボルトの大学論、ウェーバーの学問論などの古典からデリダハイデガーの大学論まで収められており、西洋における大学論の歴史を一望できる。巻末の参考文献リストも役に立つ。

  • 吉見 俊哉『大学とは何か』

大学とは何か (岩波新書)

大学とは何か (岩波新書)

2011年刊。本書は大学の理念の歴史を振り返ったもので、中世から近代までのヨーロッパにおける大学の変遷と戦後日本における高等教育改革がバランスよくまとめられおり、大学の大まかな歴史を捉えるのには役立つ良書である。
ただし、提言の部分については、頁数もさほど割かれておらず、レディングスの主張をなぞるようなかたちで終わっており、若干の物足りなさを感じた。政策論を提示するのか、あくまで学者として理念を突き詰めてみせるのか、あるいは大学教員として現場から吸い上げられる意見をまとめるのか、少なくとも論の立場を明示した上での見解が知りたかった。

  • 吉見 俊哉『「文系学部廃止」の衝撃』

2016年刊。『大学とは何か』の続刊的な位置づけ。

  • 三谷 尚澄『哲学しててもいいですか?: 文系学部不要論へのささやかな反論』

哲学しててもいいですか?: 文系学部不要論へのささやかな反論

哲学しててもいいですか?: 文系学部不要論へのささやかな反論

カントやセラーズの専門家である三谷氏による著作。地方大学の哲学教員の日常が赤裸々に語られている。
現代の人文学研究者を取り巻く環境や関心などを知る場合には有用あろう。大上段に大学論を論じるわけでもなく、目先の対策案に終始することもないという点では、記述のバランスが良いと思った。
私のいまの活動は、著者の言う「遊撃部隊」(p.43-44)的なものなのかもしれない。まあここでの比喩にはちょっと疑問に思うところがないわけではないし、いつまでも遊撃部隊をやってられっかよという気持ちもあるが。

  • 前野ウルド浩太郎『バッタを倒しにアフリカへ 』

バッタを倒しにアフリカへ (光文社新書)

バッタを倒しにアフリカへ (光文社新書)

共感と驚嘆をもって読み進めた。ひろく「研究」を仕事をしている者は笑いと涙なしには読めない。本書の紹介については、クマムシ博士こと堀川大樹氏による書評以上のものはないので、そちらを参照してもらえれば。
やはり自分の人生を掛けていると、どうしても眉間に皺が寄り、私なんかは地から足が離れて、どんどん視線が遠くに(対象が制度とか歴史のような大きなものに)なりがちだ。しかし、本書を読んで、好きであるということを率直に語ることが引き起こす力のようなものを感じた。

  • 辻田 真佐憲『文部省の研究 「理想の日本人像」を求めた百五十年 』

これは紙で買えば良かった(kindle版は頁がずれて引用に向かないので…)。
本書は、明治から現代までの文部省の動きを「理想の日本人像」の模索という軸を設定して概観したもので、これまでの日本の文教政策の流れが「普遍主義と共同体主義――現代では、グローバリズムナショナリズム――の相克」という図式で説明されていく。膨大な参考文献やデータが背後にあるはずだが、闇雲な物量作戦を取らず、冴えた整理をしながら進めていく著者の筆力には舌を巻いた。もちろん情報も豊富で、たとえば、最近一部の閣僚のなかにも「教育勅語」復活に与する言動があり、私なんかは驚き呆れたわけだが、こうした動きが過去に何度もあったことなども本書で初めて知った。
文部省は、この普遍主義と共同体主義のはざまで、良く言えば、それぞれの時代の課題(欧化、臣民化、反共、詰め込み教育グローバリズム, etc.)に柔軟に対応してきたと言えるが、悪く言えば、その時々の権力(薩長内務省、軍部、アメリカ、文教族、官邸)からの外圧に屈し、長期的で一貫した研究や施策をできてこなかったと言える。
革推進本部長の河野太郎氏に代表される文科省廃止の声もあるし、大学研究者から文科省の良い評判を聞いたことがない。しかし、教育や学術分野を官邸主導の国家戦略としてしまうことが、長い目で見て得策かと言われると、私は微妙だと思う。これにかんしては、筆者の以下の指摘がずばりという感じだ。

…「理想の日本人像」をめぐる議論は、しばしばイデオロギーの空中戦に陥る。実際、中曽根臨教審以来、空理空論ばかり集積され、なかなか実行に移されてこなかった。本書でもさんざん述べたように、今後重要なのは理念の「実装」である。そのためには、人気や空気に流される政治家や、飽きっぽい国民とは別に、安定的かつ中立的に教育に取り組む組織が欠かせない。また、審議会などから振ってくる抽象的なイデオロギーを適切に処理し、現実的な制度に組み立て直す役回りも必要だ。それゆえ、政治主導から一定の距離を取った、教育行政機関はこれからもなければならないだろう。

本書が大学研究者にも広く読まれることを望む。そして(以前から思っていたことなので、これにかこつけて言えば)学会単位での大学研究者と文科省との建設的な議論の場がもたれるようになればと。お互い馬鹿にしあって、気がつけばみんな死んでいるというのはあまりにおろかしい。

職業としての学問(圧縮版)

職業としての学問(圧縮版)

もう一度古典的な大学・学問論を読みたいと思い、購入。学部生のときに、岩波文庫のものをレポートのために読んだ記憶がある。
本書は、『ヴェーバー『職業としての学問』の研究(完全版) 』の姉妹本とも言うべきもので、翻訳と「最小限の注記」および解説からなっているが、その注記や解説も他の翻訳書と比べれば十分すぎるほど充実している(訳本文が40頁ほどであるのに対し、訳注が上下二段で100頁、解説が約40頁であると言えばすぐにご理解いただけるだろう)。
『職業としての学問』のような古典が、研究蓄積を踏まえつつ、新たに訳し直されること自体評価されるべきであり、本訳書は日本語としても読みやすく、訳者による長年の研究の賜物と言うべき記念碑的な作品となっている。であるからこそ、「訳者まえがき」の言葉には首を傾げざるをえない点があった。

本書が圧縮版である所以の説明をしているところで、

《完全版》に対して、本訳書は、その《圧縮版》であり、そこに「日本語で読むことのできる参考文献」を付したものである。重要な典拠・論拠および考証の詳細は《完全版》のみに記しており、本訳書には、おおむね考証によって得られた結論のみを記しているにすぎない。したがって、研究者・大学院生は、かならず《完全版》を用い、そこから引用しなくてはならない。学術書・学術論文・学会報告において、本訳書(《圧縮版》)から引用することをいっさい禁ずる。 p. iii. ※傍点部分は太字に変更した

とあるが、最後の一文はあまりに独りよがりだろうと思う。専門的な学術研究において時代考証や解釈を問題とする場合は、《完全版》を用いるべきだという主張は分かる。しかし、『職業としての学問』は、より多くの分野の人が読み――そしてもちろん狭義の研究者である必要もないだろう――、そこから議論を改めて深めることのできる「古典」であるはずだ。本訳書は、まさにこれからのスタンダードになるべくして刊行された労作であるのに、予めその幅を狭めてしまうような訳者の姿勢には首肯できない。まして《完全版》は、8,640円である。ウェーバーやその関連領域の研究者であれば買うべきであろうが、それ以外の人間にはなかなか手を出しづらい価格だろう。だからこその《圧縮版》であるはずだ。
そもそも、引用における責任はすべて引用者に帰されるのがアカデミックな領域における基本的な約束事である。いくら証拠として別のテクストを引いてみせようが、最終的な説明責任を果たすのは引用した筆者ないし発表者を措いて他にない(例えば、仮に《完全版》で細かく論証している箇所にかんして、《圧縮版》のみを引用してその不足を批判したところで、信頼を失うのはあくまでその引用者でしかない)。であれば、事前に「本書引用するべからず」と記すること自体がナンセンスなのである。表に出されて困るものなら、出さなければ良い。
《完全版》への筆者の矜持やそこに懸ける思いがあればこその言葉だろうと推察するが、そうであれば《圧縮版》は一切の解説や注記もなくして、本文と文献一覧、索引などの最小限の構成にして――学術書ではなく一般書という分類にして――、より手頃な文庫本なり最低限ソフトカバーでの刊行を目指すべきだったのでないか。
さらにぼやいてしまえば、本書の訳文自体は《完全版》と同一であり、訳それ自体は「定本」となることを目指したものである割りには、追加修正や誤記が多すぎる。追加で挟まれていた正誤表の紙には、10個もの追加修正が加えられている。さらに、「訳者まえがき」によれば、《完全版》刊行後に8箇所の誤りを見つけ、《圧縮版》では既に修正したこと、《完全版》の第二刷りで改めて修正することが触れられている。翻訳に完璧はないので、誤記や追加の修正が出てしまうことは仕方のないことであるし、訳者を責めようとは思わない。むしろ出版社のチェック体制や刊行までのスケジュールに不備があったのではないかと思ってしまう。
いずれにせよ、中身は素晴らしいのに、それ以外の部分のせいで読後感はあまりよろしくない。

  • 齋藤 毅『明治のことば』

明治のことば (講談社学術文庫)

明治のことば (講談社学術文庫)

オリジナリティ溢れる分析はおもしろいが、やや古くなりつつある(昭和52年刊なので仕方なし)。たとえば、訳語「哲学」の西周津田真道共同考案論であるが、主流とは言えず、現在賛同する者はほぼいないだろう(cf. 菅原光『西周の政治思想』)。しかしそれでも本書は資料編的な価値もあり、この分野においてまず読まれるべき一冊。

  • 中江 兆民『一年有半』 鶴ヶ谷 真一訳

一年有半 (光文社古典新訳文庫)

一年有半 (光文社古典新訳文庫)

「我日本古より今に至る迄哲学無し」という有名な一節がある本。本書は現代語訳なので、「わが日本には古くから今に至るまで哲学がない」となっています。
こちらもkindleセールに乗じて購入。丁寧な注が多くついているので、読みやすかった。

  • J. S. ミル『自由論』斉藤 悦則訳

自由論 (光文社古典新訳文庫)

自由論 (光文社古典新訳文庫)

西周もマジリスペクトしているミルの偉大な古典。岩波訳はもっているが、kindleセールに乗じて購入。
「多数派の専制」の危険から「個人の自由」を守るための基本原理の探究というのは、いま一度考えねばならない重要な問題になっている。

感じる道徳―感情の現象学的倫理学

感じる道徳―感情の現象学的倫理学

最近レヴィナス倫理学にかんする情動(emotion)の問題に関心が出てきたので。
佐藤先生のレヴィナス本は当然読んでいるが、こっちはあまりきちんと読んでいなかった。本書はメルロ=ポンティが主であるが、もっと早くに読むべきものだったと反省。

  • 『現代デカルト論集 フランス篇、日本篇』

現代デカルト論集 (1) フランス篇

現代デカルト論集 (1) フランス篇

現代デカルト論集〈3〉日本篇

現代デカルト論集〈3〉日本篇

とりわけフランス篇を入手するのが困難だったので、以前は図書館で都度必要な論文をコピーしていたが、古書で安く手に入った。

  • 藤田 正勝『九鬼周造 理知と情熱のはざまに立つ〈ことば〉の哲学 』

九鬼周造 理知と情熱のはざまに立つ〈ことば〉の哲学 (講談社選書メチエ)

九鬼周造 理知と情熱のはざまに立つ〈ことば〉の哲学 (講談社選書メチエ)

どうも私は西田幾多郎田辺元などの京都学派の哲学者が苦手で、うまく読み進めることができない。
そんななか、例外が2名ほどおり、それが九鬼と三木清である。本書は、九鬼の新しい入門書で、彼の思想の全貌をうまくみせてくれる。
話は変わるが、彼の父である九鬼隆一は、明治時代の文部官僚でその活躍というのもなかなかおもしろいものがある。

  • 瀬戸 一夫『時間の思想史―アンセルムスの神学と政治』

時間の思想史―アンセルムスの神学と政治

時間の思想史―アンセルムスの神学と政治

古本屋のセールにて購入。時間論の歴史としては名著と名高い一冊。なるため、こういう大きな仕事をゆっくり読む時間を確保したい。

ウィトゲンシュタインとレヴィナス 倫理的・宗教的思想

ウィトゲンシュタインとレヴィナス 倫理的・宗教的思想

  • 作者: ボブプラント,Bob Plant,米澤克夫,寺中平治,菅崎香乃,河上正秀,出雲春明,馬場智理
  • 出版社/メーカー: 三和書籍
  • 発売日: 2017/04/29
  • メディア: 単行本
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邦語のレヴィナス関連はすべて買うという制約を自身に課しているので購入。

比較研究がほとんど行われず、これまで無視されてきた2人(ウィトゲンシュタインレヴィナス)の類似性と緊張と、彼らを代表者とするしばしば敵対する知的伝統を解明する。

とあるが、両者を比較検討を含むものとしては、一応すでにポール・スタンディッシュの『自己を超えて』がある。原書で考えても、スタンディッシュが1992年、プラントが2005年なので、そこまで無視されてきたかと言うと微妙である。さらに言うと、未邦訳だが、Søren Overgaard, Wittgenstein and Other Minds: Rethinking Subjectivity and Intersubjectivity with Wittgenstein, Levinas, and Husserl, Routledge, 2007. もあるので、割合研究がされている印象もある。
とはいえ、スタンディッシュのものはレヴィナスウィトゲンシュタインの思想的関係をそこまで掘り下げたものではないし、両者の倫理的・宗教的な論点を中心とした点では、先駆的と言えなくはない。

  • Peter Goldie(ed.), The Oxford Handbook of Philosophy of Emotion

The Oxford Handbook of Philosophy of Emotion (Oxford Handbooks)

The Oxford Handbook of Philosophy of Emotion (Oxford Handbooks)

情動とか感情のおべんきょ用。順番としては、SEPのSEPのemotionempathyの項目を読んでからこれかな。
邦語のだと、『感情とクオリアの謎』とか『新・心の哲学III 情動篇』とかになるんだろうか。ただ、関心が倫理学との関連(フッサールの感情移入とレヴィナス)なので、もう少し絞るか、あるいは18c周辺のイギリス倫理学あたりを掘った方が良いのかもしれない。おしえてくわしいひと!

  • Flora Bastiani(dir.), Bergson, Jankélévitch, Lévinas

  • Sophie Nordmann, Levinas et la philosophie judéo-allemande

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  • Danielle Cohen-Levinas et Alexander Schnell(éd.), Relire Autrement qu'être ou au-delà de l'essence d'Emmanuel Levinas

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久しぶりに専門にかんする二次文献を買った。
Bergson, Jankélévitch, Lévinasは、その名の通り、三者の影響関係や思想の相違点を問うたもの。レヴィナスとの関連で言うと、彼はベルクソンには終生尊敬の念を抱いていたわりに、理論を取り込んでいる印象は薄いが、その辺ほんとうにどうなの?というのはまだまだやり残されているし、ジャンケレヴィッチは同時代人だしハイデガーへの態度なんかはかなり論点を作り出せると思う。
Levinas et la philosophie judéo-allemandeは、レヴィナスの著作に現れるドイツユダヤ思想の源泉を辿るもので、もともと Nordmannはユダヤ思想の専門家だし、信頼も置けるだろう。主要な登場人物は、ヘルマン・コーヘン、ローゼンツヴァイク、ブーバー、ショーレムレヴィナスという感じ。
Relire Autrement qu'être...は、Relire TIの姉妹本というか続編で、メンツもかなり被っている。とはいえ、今後AEを読むに当たっては無視できないものになるだろう。

[追記あり]2017年4月の本

新年度がはじまりました。今月の本です。
今年度は抱えている仕事をなんとか軌道に乗せて、私も次のステップに進みたいと思っていますが、あまりに抱えすぎてどうなることやら。
月末に「地方創生と大学」関連、人文学論、高学歴系ワープア関連の書籍を買い漁ったので、GWはそれらをババっと読みつつ、ゲラ修正と執筆の予定。

  • 樺山 紘一『西洋学事始』

西洋学事始 (中公文庫)

西洋学事始 (中公文庫)

樺山先生は、ルネサンスが専門の歴史学者ですが、現在印刷博物館の館長もなさっており、そちらでは「百学連環-百科事典と博物図譜の饗宴」という展示が行われたこともあります。
本書は、古銭学や占星術、紋章学といった現代の我々には耳馴れない、けれども西洋の「学問」の歴史にとっては欠かすことのできない領域にかんする優れた概説書。
ちなみに樺山先生は、上に挙げた展示企画の図版や『歴史の歴史』などで西周についても言及しています。
歴史の歴史

歴史の歴史


  • 和辻 哲郎『和辻哲郎全集〈第4巻〉日本精神史研究/続日本精神史研究』

『続日本精神史研究』に収められている「日本語と哲学の問題」を読みたかったので購入。
下敷きにあるのはハイデガーだが、日本語の「ある」や「こと」への着眼や「日常の言葉から遠のいた哲学は決して幸福な哲学ではない」という和辻の言葉には今なお訴えかけるものがあるように思われた。随所に『風土』に結実するような思想の萌芽が見出される小論で、これだけでなにか言ったり書いたりするのは難しいかもしれないが、読んでおいて良かった。
そしてなにより、締めの数文がエモい。

我我はここにかかる待望の声をあげる。日本語は哲学的思索にとって不向きな言語ではない。しかもそれは哲学的思索にとっていまだ処女である。日本語をもって思索する哲学者よ、生まれいでよ。

  • 千葉 雅也『勉強の哲学 来たるべきバカのために』

勉強の哲学 来たるべきバカのために

勉強の哲学 来たるべきバカのために

勉強とか研究というのは、大学に入ってからは当たり前のようにしていたことで、そのなんたるかを立ち止まって考えてこなかったように思う。
しかし、入学してから哲学専攻に進んで院に行ったり、就職してみたりと色々あったなかで、本書の言うような自己破壊と新たな「ノリ」の獲得を何度かしてきたなあと気付かされた。
大学、専門学校、就職とどんな進路に進むのであれ、高校生に読んで欲しい本だと思った。
颯爽とした健康さをもって狂気――バカないしキモくなる――へと進む千葉さんらしい文章に触れて、学部二年の頃に受けた千葉さんの授業を思い出すなどもした。

  • 吉川 孝・横地 徳広・池田 喬編著『生きることに責任はあるのか 現象学倫理学への試み』

生きることに責任はあるのか―現象学的倫理学への試み

生きることに責任はあるのか―現象学的倫理学への試み

入手困難だった現象学倫理学にかんする重要論文集。増刷との知らせを受けて早速入手を試みた。
以前購入しようとしたときは、既に古書価格が高騰していたため、一部コピーで済ませたのだった。
版元のページには、一般書店ないし弘前大学生協インターネットショッピングにて買えるとあり、都市部の方は大型書店で買えるかもしれないが、ど田舎在住の私には難しい。それにそもそも大学生協のサイトには組合員のみ利用可能とあるではないか。
一寸悩んだ末、版元や弘前大学生協に問い合わせたところ、組合員でなくともインターネットショッピングは利用でき、記入欄にある組合番号は無視でOKとのこと。というわけで無事購入できたという次第。下記のリンクよりどうぞ。
弘前大学出版会 : 生きることに責任はあるのか 現象学的倫理学への試み :: 弘前大学生協


  • 横地 徳広・持田睦編著『戦うことに意味はあるのか 倫理学的横断への試み』

弘前大学出版会|戦うことに意味はあるのか――倫理学的横断への試み―― - 弘前大学出版会
編者の横地先生よりいただきました。ありがとうございます。
先に挙げた『生きることに責任はあるのか』の姉妹本とも言うべき一冊ですが、こちらは様々なジャンルを専門とする論者たちがそれぞれの視点から広い意味での「戦い」について扱ったものとなっています。リンクを貼った版元ページにある目次からもその多種多様さは分かるだろうと思います。
まだ全部は読めておりませんが、編者の横地さん関心の幅広さとそこに通底する一貫性との両方が冴える論考群や、気鋭の研究者である宮村さんの(コラムを含む)3連続論考!、そして研究会でもお世話になった佐藤香織さんのローゼンツヴァイク論とレヴィナス論など私の元々の関心に刺さるものばかりで、大変勉強になりました。
こちらもアマゾンでは買えないようですので、上で紹介した弘前大学生協のページから購入されると良いかと思います。

[追記]
拙ブログを見てくださった横地さんよりご連絡があり、『戦うことに意味はあるのか』を購入できる書店情報について教えていただきました。
ネットですとHonya Clubでも購入ができるほか、e-hon(東販)さんの全国書店ネットワークやその他大手書店でも取扱があるようです。リアル書店については、横地さんの研究ブログにその一覧が載っております。どうぞご参照ください。

  • 前野 良沢、杉田 玄白ら『解体新書』(酒井 シヅ訳)

新装版 解体新書 (講談社学術文庫)

新装版 解体新書 (講談社学術文庫)

日本史で必ず習う『解体新書』だが、実際に読んだ人はどのくらいいるのだろう。講談社学術文庫に酒井シヅ氏による現代語訳があったので、これを機に少し眺めてみた。
以前西周について発表したときにも述べたのだが、この本の面白いところは「凡例」にある*1。そこでは「訳に三等あり」という翻訳の分類を提示されており、その三区分とは、「直訳」「義訳」「翻訳」である。杉田らが言うところをまとめると、「直訳」は原語そのままの音の表記であり(今で言う音写)、「義訳」は当時の日本語には該当する語がないためその意味を勘案した造語であり、「翻訳」は対応しうる漢語や日本語があった場合の言い換え(今日の狭い意味での直訳に近い)である。この区分はなるほどと思わせる点もあり、現代でもそれなりに有用なものだと思う。

福沢諭吉の哲学―他六篇 (岩波文庫)

福沢諭吉の哲学―他六篇 (岩波文庫)

先日、文献学や歴史学を専門とする方が「人文学を守るために、福沢の実学/虚学という区分を破壊すべきだ」と主張しているのを見かけたが、むしろそのような主張が本来の実学/虚学の区分を破壊してしまっていることに無自覚なようだ。福沢の言う、実学/虚学の区分とは、人の心を動かすことができるかや、時代の課題に向き合った生き方が引き出されるかにあり、よく見かける理工学&経済学/人文学という区分けではない。ちなみに、『学問のすすめ』では歴史学と修身(道徳)は実学に数え入れられている。
そんな福沢の学問観を知る上で、参考になるのが丸山の読解である。少なくとも、上の問題を考えるにあたっては、本書に収められてる「福沢に於ける「実学」の転回」は必読であろう。福沢の「虚学」批判が当時の儒教社会のいかなる側面に向けられていたのか、あるいは彼の言う「実学」がお金になるか否かという拝金主義に基づくものではなく、固定化され順応することだけが求められる社会的・自然的秩序の破壊を目論む、実験精神や学的な検証の重視――これはなにも物理学だけでなく、人文学も含む――を掲げていた点などが明快に示されている。
また、別の本ではあるが、同じく丸山の次の指摘も一聴に値するだろう。

「『実学』という言葉は、朱子学でも心学でも使っている。日常実践の学が本当の学問で、学者の空論はいけないのだという意味で使っているわけです。福沢の場合、『学問のすすめ』のはじめの節だけが有名になったので、日用実践のみを唱えて、それ以外は無意味だととらえていたようによく誤解されていますが、そんなことはない。初期から空理空論の大切さを言っています。『虚学』という言葉を使って。そしてその『虚学』の上に、高尚なる学問を築くのだと。」
『翻訳と日本の近代』, p. 161.

だから、実学/虚学論争において打破すべきは、福沢を誤解してる者や福沢の名を借りて自分たちの目の前の利益の確保に熱心な者であって、福沢ではないだろう。もちろん、現在、そしてこの先の学問論を考えるにあたって、福沢も批判対象にはなりえるのは言うまでもない。

  • POSSE』 vol.32 特集:絶望の国の不幸な奨学金
  • 『KOKKO』第3号 特集:疲弊する研究現場のリアル
  • 『KOKKO』第10号 特集:国立大学クライシス

POSSE vol.32

POSSE vol.32

KOKKO 第3号

KOKKO 第3号

KOKKO 第10号

KOKKO 第10号

いただきもの。ありがとうございます!
『KOKKO』第3号は以前ひとにお借りして読んだのだが、手許に置いておきたかったし、第10号と『POSSE』vol. 32は未読だったため大変ありがたかった。
決して実家が裕福でもなく、また個人としても経済力のない若者が、学びたいのに学べないという不幸にして絶望的な状況にあると言っても過言ではない現在の日本を冷静に直視し、分析する論考が多く収められている。
文系学部廃止/縮小騒動にせよ、国立大学の法人化にせよ、給付型奨学金の乏しさにせよ、暗い話題ばかりで、自分のみならず、いまも懸命に研究を続けている先輩後輩の将来を思うと陰鬱な気持ちになる…
現在在野にはいるものの、なんとかポジティブなケースを提示しつつ、現実的な解決策を模索したいところ。

  • 森山 至貴『LGBTを読みとく』

本書は、基本的な部分からLGBTにまつわる歴史やデータ等を丁寧に紹介する優れた入門書でありつつ、「良心」などの不確かなイメージの投影を厳しく批判し、正確な「知」や「学問」の必要性・意義を真正面から説く透徹した人文社会学書でもある。今後この分野のはじめの一冊としてひろく読まれるべきだろう。
ただ、重要な概念である「ジェンダー」の説明(p. 48-49)にはやや戸惑った。
というのも、筆者は「…ジェンダーは「社会的性別(ないし性差)」」であるというごく一般的な理解を紹介しつつ、そのあとで「割り当てられた規範の性別による違いのことをジェンダーと言います」、「ジェンダーという規範は…」と述べており、ジェンダーに①社会的性別と②性差に応じて課される社会的な規範の二つの意味を与えている。こうした用法がジェンダー・スタディーズでどれほど一般的なのかわからないが、ちょっと困惑してしまう。さらには、「ジェンダーとは、……他者から女か男かを割り当てられ、それにふさわしい態度や行動をとるよう矯正される、その現象のことを指す」と今度は②が効力をもってしまっている状態のことまで指しており、厳密に言って「ジェンダー」という語がなにを指し示すのかが掴みづらくなっているように思える。


- Jean-Michel Salanskis, L'émotion éthique : Levinas vivant I

L'emotion ethique: Levinas vivant I (Continents Philosophiques)

L'emotion ethique: Levinas vivant I (Continents Philosophiques)

普段「今月の本」にはコアな専門書や論文は載せていませんが、これは色んな人に届くと良いと思ったので挙げます。
フランスにおけるレヴィナス研究、ユダヤ思想、数学の哲学の大家である超人サランスキ先生のLevinas vivantシリーズ(全3巻)をはじめから再読しています。
結構難しい本なので、一緒に読みたいという稀有な方がいれば、ハイペースでレジュメ作るタイプの読書会をしても良いなあ。

  • 市野川 容孝『社会』

社会 (思考のフロンティア)

社会 (思考のフロンティア)

「社会的なもの」なる概念の系譜を描き出した一冊。
ここのところ、学問の社会貢献とか社会人基礎力などという言葉がひとり歩きしている感があり、今一度「社会(的なもの)」を考え直す際の水先案内として最適だった。
ちなみに、西周はsocietyを「相生養(あいせいよう)の道」や「社交」などと訳しているが、本書を読んで日本における「社会(的なもの)」の概念史を追いたいとの思いが強くなり、次は著者も薦めている石田雄の著作群を読んでいく所存。

  • 三谷 太一郎『日本の近代とは何であったか――問題史的考』

ウォルター・バジョットの議論を紹介したあと、彼の近代化論において枢要な役割を果たす①「議論による統治」と、それを推進させた重要なファクターである②貿易と③植民地化の図式――本書ではさらに④君主制天皇制)も加えられている――を日本に当てはめて、我が国における近代化とはなんであったのかを考察したもの。研鑽に研鑽を重ねた碩学による大きな見取り図を眺めることができるのが新書の愉しみであり、あとがきにある通り、「老年期の学問」の優れた手本であろうと思う。

  • 辻田 真佐憲『文部省の研究 「理想の日本人像」を求めた百五十年』

先日本屋で見て気になっていたところ、Kindle版がGW限定で50%ポイント還元とのことなのでポチった。

  • 『アーギュメンツ#2』

【巻頭言公開】『アーギュメンツ#2』|黒嵜想|note
本書は、編集者や著者らによる「手売り」でしか販売しない異色の同人誌。編者の黒嵜氏と執筆者の一人である米田氏から購入できた。
これだけ流通と売買のシステムが発展した現代日本において、編集者や著者が行商の如くナマで売り歩くのは珍しい。
編者であり、声優論も寄稿している黒嵜が巻頭言で述べるように、本誌に伏流する課題意識は「新しい主語の単位」であるが、私は、この「新たな主語」というものを記述者の視点の問題と読んだ。そこには世界を記述する学知の担い手をどのように設定するかという問いがあり、さらには、眼をもったモノ(者・物)が定位する足場を有限性と突き合わせつつ、いかに確保するかに繋がる。そんな黒嵜の問いかけに暗に明に呼応する個性的な論考が並んでいるが、とりわけ、最初に掲載された「ポスト関係論的人類学/アート」と第された長谷川・古川・森下鼎談は、私が指摘する後者の問題を――コントラストと重なりを同時に含みつつ――抉り出してくれていた。続きは長くなるのでまた今度。

*1:国立国会図書館デジタルコレクションの原文だと、15コマ以降。 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2558887/17

黒くて、容量が大きく、仕事にもまあ使える新しいバックパックがほしい

※ちょっぴり追記しました。

条件
  • 色は黒
  • 普段でも仕事でも使えるデザイン
  • PC(Macbook pro 13inc)用のスペースがある
  • 容量は25-30L程度で、厚めの本を入れることができる
  • 背面にしっかりとしたクッションがある
  • zipのみで開閉可
  • 胸のところで止めるベルトがあるとなお良い

という感じ。
それなりの容量で疲れにくく、リュックを背負って立ったままものを出し入れできるものが理想。
最近流行りの?くるくる巻いて止めるタイプとか紐引っ張ってベルトをはめるものとかはあまり好きではない。
ちなみに今は、WILDERNESS EXPERIENCE Kletter small(豚鼻も黒いタイプ)とMYSTERY RANCH 3 Way Briefcase(ネイビー)を使っています。

[ウィルダネスエクスペリエンス] WILDERNESS EXPERIENCE Better Kletter small 768 906 (Black)

[ウィルダネスエクスペリエンス] WILDERNESS EXPERIENCE Better Kletter small 768 906 (Black)

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2017年3月の本

今月の本です。
今月はまあまあ忙しく、金もないので新しい本はあまり紹介できませんが、献本に恵まれました(本当にありがとうございます)。

騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編

騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編

騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編

騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編

ぼくはハルキストではないが、一応これまで出たものは読んできた。惰性と言われれば惰性だが、嫌いではない。
100年後もおそらく名が残るであろう文学者と同時代を生き、書いたものをそのまま(原語で)すぐに読めるというのは、ミーハー的ななにかを度外視しても貴重だろうし、現代日本でそんな経験をさせてくれるのは村上春樹くらいなのかもしれない。
実はまだ読み切れていないが、わりと好きな『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』に近いものを感じている。ちなみに私が一番好きなのは、『ねじまき鳥…』と「かえるくん、東京を救う」である。

  • 植村玄輝『真理・存在・意識:フッサール『論理学研究』を読む』

真理・存在・意識

真理・存在・意識

私が大変お世話になっており、そして尊敬している先輩研究者の方のご著作です。献本していただきました。
私も微力ながら、下読みや索引の作成のお手伝いをさせてもらっております(むしろご厚意で勉強をさせていただいたというのが実情)。
本書は2010年に筆者が提出された博士論文が元になっています。
初期フッサールにかんする記念すべき研究で、現象学に関心のある方はマストバイでしょう。

地域アート――美学/制度/日本

地域アート――美学/制度/日本

いただきもの。仲間がまさに地域アート的な実践もしたし、ぼくのやりたい地方での哲学実践もアーティスト・イン・レジデンスならぬリサーチャー・イン・レジデンスのようなものだと感じるので、大変おもしろく読んだ。

ある対談で著者の藤田さんが述べた、

地域の人に向いているか、美術史なりアカデミズムなりの評価に向いているかで変わると思うんですよね。今、現代美術が地域アートという枠組みのなかで、どっちの評価軸に従うべきなのか悩んでいる最中なんだと思うんです。

という言葉が印象的だった。私の場合、美術ないしアートを哲学や学術研究に当てはめて考えることができるだろう。
西周の事業をすすめることで、津和野や石見地方に住まう市井の人々が西周を通して哲学に魅力を感じ、各々の視点で活用できるようになることを目標にすべきなのか、哲学研究者としての新しいキャリアを開拓したり、哲学研究という専門的な活動の質を高めることに特化すべきなのか。
もちろん立場の問題もあるし、正直な話、書き用によってある程度見せ方を変えることもできる。しかし自分の腹づもりとして本当のところどうなのか、というのはいずれはきちんと考えなくてはならない。

  • 服部隆『明治期における日本語文法研究史』

こちらもいただきもの。
とりわけ、「Ⅲ 明治期日本語文法研究史の種々相」の第1,2章は西周の文法研究を扱っており、大変勉強になります。
哲学のみならず、法・政治・軍事・日本語文法論と西周はほんとうに百面相的人物なのだなあと感じ入る次第。

これからのエリック・ホッファーのために: 在野研究者の生と心得

これからのエリック・ホッファーのために: 在野研究者の生と心得

日本に実在した様々な在野研究者の生を紹介しつつ、そこから心得を見出していく貴重な一書。荒木さん自身も在野の研究者である。
私も大学機関に正式に属しているわけではないので、一応在野ということになるが、この本を読んでアカデミアといかなる距離を取るのか(ないし取らないのか)を再考するようになった。

スーパーカブ50購入&ちょっとカスタマイズ

いわゆる原付カブことスーパーカブ50の中古を購入しました。
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車社会の中山間地域に住んでいるので、移動の足がママチャリだけでは厳しく、4月から職場も変わるので、ここらが買いどきかなと。
色は欲しかったグリーンで状態も良いです。

今回はヤフオクで競り落としました。近県の方が出品していたので、輸送費も安く抑えられました。
業者を通さずにヤフオクなりで原付を手に入れた際の手順をまとめると、

1. 販売証明書(廃車証明書)を必ず受け取る。
2. 1. の書類をもって役場に申請し、ナンバーをもらって取り付ける。
3. バイク自賠責保険に加入(コンビニでできます)し、シールを貼る。

OKです。
ナンバーの取り付けには、プラス3のドライバーとモンキーレンチがあると楽です。私は以下を買いました。

KENOH モンキーレンチ 200mm

KENOH モンキーレンチ 200mm

ヘルメットは知人にもらいました。
原付であれば、大仰なフルフェイスはいらないかもしれませんが、きちんと安全規格が付いているものにすべきでしょう。

他に買い足したものとしては、

CUSTOM KOBO 荷締めベルト 2m 2本組 16-106 820451

CUSTOM KOBO 荷締めベルト 2m 2本組 16-106 820451

「バイク リアボックス」とかで検索すると上位にくることからもわかるように、構造からしてバイク用に開発されたんじゃないかってくらいぴったりです。ちょっと色がダサいけど、一番安い荷締めベルトで固定して使ってます。
とりつけるとこうなる。
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ちなみにフロントキャリアも使わないし不格好なので取りました(ボルトが錆びついていて苦労した)。

雨の対策としては以下を。

  • レインスーツBIKERS

item.rakuten.co.jp

  • 防水防寒ネオプレーングローブ

item.rakuten.co.jp

ワークマンは神。とくにバイクに特化した設計のレインスーツが上下5800円というのは驚きです。
バイク乗りだけでなく、自転車乗りにもおすすめできると思います。

あとは、飲み物なんかを入れるインナーラックとスマホホルダーを付けたいなあと思っているが、金欠のためしばしお預け。
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