私家版 ユダヤ教・思想ブックガイド
先日菅野賢治さんの『フランス・ユダヤの歴史 上下』(慶應義塾大学出版会)を読み、その圧倒的なお仕事に衝撃を受けた。こうした本が日本語で読めることはほぼ奇跡と言ってもよいのではないかという思いを抱いた次第。もちろん、日本では菅野さんをはじめ、碩学による良質なユダヤ関連書籍が数多く存在する。しかしながら、アマゾンで「ユダヤ(教)」と入力すると、怪しげな本ばかりが表示されてしまうという悲しい現状があり、さらには普段接している中で、学歴もそれなりに高く、一般的に賢いと言われるような人が日ユ同祖論とかユダヤ陰謀論を真顔で話してくることも残念ながら稀ではない。
こうしたなか、ふとユダヤ教ないしユダヤ思想にかんする良質なブックガイドはどこかに出回っていないだろうか?と思い、探したがあまり出回っていないらしい*1。そこで、これまで読んできたもののうち、日本語で読めるものに絞っておすすめをまとめてみることにした。
とはいえ、ユダヤ教やユダヤ思想の専門家というわけではないのでお手柔らかに。私の関心はあくまでレヴィナスなので、分野的に偏っているところもあるだろう。「これ入れてないとかありえんだろ!」というものがあれば、ぜひご教示いただけると幸いです。
※隙を見て更新予定。
ver.2: 2017/02/07
※あまりに量が多くなるのを避けるため、一次文献は必要最低限にしました。概説書の書誌情報などから辿っていけるでしょう。
私家版 ユダヤ教・思想ブックガイド
歴史と思想
ユダヤ教の歴史・概説書
はじめの一冊としては、市川先生の単著(山川出版社)か手島勲矢『わかるユダヤ学』を薦める。『生きるユダヤ教』は、この分野では現時点で一番新しい入門書で、ユダヤ教徒の生活実践や典礼詩(ピユート)についてまとまった頁を割いているのが類書にない強み。また、『図説 ユダヤ教の歴史』(河出書房新社)は様々なトピックについて見開きで解説してくれているので、ざっと確認するのに便利。
[追記]
ユダヤ教研究の碩学による入門書。歴史・信仰・学問・社会という4つの視点からバランスよく、ユダヤの歴史や営みを知ることができる。巻末の文献案内も充実しているので、今後はまずこの一冊からということになるだろう。どこで挙げるか迷ったが、ここで菅野氏の著作を挙げたい。これまであまり網羅的に語られることの少なかった、フランスにおけるユダヤの歴史を丹念に扱った偉大な著作。ただし超硬派な研究書なので、一冊目に読むと挫折する。
また、菅野氏の狭い意味での専門であるドレフュス事件についてのものもおすすめ。
仏独だけでなく、ロシアにおけるユダヤの歴史や思想については以下を。「ユダヤ人」というと、まずイスラエルとアメリカ、そしてドイツとフランスを思い浮かべる人が多いが、20世紀初頭、ロシア帝国領にはおよそ500万を超えるユダヤ人たちが暮らしていた。
他にも、15世紀末、「マラーノ(豚)」と蔑まれ、追放されたスペインのユダヤ人の歴史も無視できない。
聖書・その他テクストについて
聖書学は奥が深すぎる上に私は不勉強なため、あまり挙げられませんが一応。
前二冊はヘブライ語聖書(いわゆる「旧約聖書」)の来歴にかんする入門書。三冊目は聖書の中身にかんしてテーマ別に解説されており、聖書学関連の主要文献の紹介も充実。
なお、一番柔らかい入門書としては、
がおすすめできる。本書に出てくる「アイヤー、ヨッ」は意外と便利です(笑)これを機にアブラハムの宗教(三つの一神教)を概観したい人は、同シリーズの新約聖書を知っていますか (新潮文庫)とコーランを知っていますか (新潮文庫)もあわせて読むと良いでしょう。
また、旧約と新訳の両方の解説をしてくれるお得な入門書としては、が良いです。芸術作品も扱っており、聖書のもつ広がりも理解できるつくりになっている。
細かい注釈とともに聖書を読みたい人には、旧約聖書翻訳委員会編のものがいいのではないか。
いやいや、ヘブライ語で読みたいという人には、私が接した限り、参考書としてはこれが一番おすすめ。
また、ユダヤ教における重要なテクストとしては、トーラーと呼ばれる書かれた律法(モーセ五書)とは別に、口伝律法を書物としてまとめたタルムードがある。その入門書にかんしてもここで挙げておく。前者は全3巻。後者のアドラーによるものの方が、より広い文脈でタルムードが説明されているので読みやすいかもしれない。
テーマ別
ユダヤと哲学
ユダヤ教と哲学の関係は古くはマイモニデスまで遡るのが通説だろう。まさにマイモニデスは「聖書とアリストテレスの結婚」の仲人のような人物であった。また、その後のユダヤ教思想における理性主義の潮流を作ったとも言える。その後の「ユダヤ哲学」というトピックでは、スピノザという棘が生まれ、ヨーロッパ社会における同化や解放の問題系では欠くことのできないメンデルスゾーン、そしてヘルマン・コーエンやローゼンツヴァイクといった巨星たちの活躍が扱われる。グットマンのこの書は今なおこの分野についての概説書としておすすめできる(どうしてもドイツがメインになってしまうが仕方ない。フランスにかんしては、上で挙げた菅野氏のものを読むべし)。ドイツにおけるユダヤ教と哲学にかんしては、佐藤貴史さんによる極めて内容の濃い概説書が今後の必携文献となると思う。さらに、仏独にまたがって激動の20世紀におけるユダヤ思想家にスポットを当てたのが、ブーレッツによる3巻本。持っているとかなり役立ちます。扱われている思想家は、ヘルマン・コーエン、フランツ・ローゼンツヴァイク、ヴァルター・ベンヤミン、ゲルショム・ショーレム、マルティン・ブーバー、エルンスト・ブロッホ、レオ・シュトラウス、ハンス・ヨナス、エマニュエル・レヴィナス。
他にも、英米圏でよく読まれているものとしてパトナムのものが挙げられる。
以上で扱われていないメジャーな哲学者とすれば、アーレントとデリダだろうか。
なお、私が専門とするレヴィナスの著作などについては以前まとめたのでそちらを参考していていただければ。
http://ms141.hatenablog.com/entry/2016/02/07/162347ms141.hatenablog.com
ホロコースト
このトピックにかんする近年の研究では、ティモシー・スナイダーの仕事が重要だろう。これまで着目されていなかった虐殺の歴史を明らかにし、"ホロコースト=アウシュヴィッツのガス室"という、ともすれば「常識」となってしまっている見方に修正を迫る。
イスラエル
このトピックにかんするアカデミックな入門書のうち、新しいものを挙げるならば以下の一冊を。
その他では、早尾さんの著作も刺激的。*1:他にwebで気軽に見ることのできるものとしては、鶴見太郎氏のwebサイトがあり、有用。また、数年前私が書いた近刊本レビューが先日web公開されました。 http://rhetorica.jp/review/ishii01